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マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド

■1760年

 ドイツのハノーヴァー(ハノーファー)のオッペンハイマーが所有する銀行で、マイヤー・アムシェル・バウアーは10年間修行する。そこで彼は大きく成功し、ジュニア・パートナー(パートナーシップにおける立場の低いメンバー)になる。銀行で働いている間、彼はエストルフ将軍と知り合いになっている。エストルフ将軍とはカルル・ビュルデスというヴィルヘルム1世の財務官を通じて近い関係になっている。ビュルデスもロスチャイルドも野心家であり、徹底的に頑固で、忍耐強く、人目につかないことを好む点で似た者同士で、意気投合し、相互援助の協定を結んだ。

 マイヤー・アムシェル・バウアーの父親が亡くなり、バウアーは父親のビジネスを引き継ぐためフランクフルトへ戻る。バウアーは、赤い看板の重要性を認識し、バウアーからロスチャイルドに名前を変更する。その後、出入口のドアの上に666を示す赤い看板を垂れ下げる(レッドはドイツ語で腐る、サインはドイツ語でシルト)。

 名前を変えたマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、エストルフ将軍(Emmerich Otto August von Estorff)がドイツのハーナウのヴィルヘルム1世 (ヘッセン選帝侯)の宮廷にいることを発見する。そして彼は将軍に、価値のあるコインや装飾品を割引の値段で売ることを口実に、再び近づく機会を作った。
 彼の計画では、ロスチャイルドは続いてヴィルヘルム1世に自分を紹介し、珍しいコインや装飾品を割引いた値段で提供して満足させ、またロスチャイルドは王子においしい話を提供する。そうしてロスチャイルドはヴィルヘルム1世と親しくなり、宮廷のメンバーとも取引を始める。

アルベルト・アインシュタイン 一般相対性理論

■1916年頃

 アルベルト・アインシュタインが、1905年の特殊相対性理論に続いて、1916年に一般相対性理論を発表した。物理学の理論である。一般相対性理論では、次のことが予測された。

●重力レンズ効果
重力場中では光が曲がって進むこと。アーサー・エディントンは、1919年5月29日の日食で、太陽の近傍(きんぼう)を通る星の光の曲がり方がニュートン力学で予想されるものの2倍であることを観測で確かめ、一般相対性理論が正しいことを示した。

●水星の近日点の移動
ニュートン力学だけでは、水星軌道のずれ(近日点移動の大きさ)の観測値の説明が不完全だったが、一般相対性理論が解決を与え、太陽の質量による時空連続体の歪みに原因があることを示した。

●重力波
時空(重力場)のゆらぎが光速で伝播する現象。間接観測されているが、現状では直接観測は困難とされる。

●膨張宇宙
時空は膨張または収縮し、定常にとどまることがないこと。ビッグバン宇宙を導く。

●ブラックホール
限られた空間に大きな質量が集中すると、光さえ脱出できないブラックホールが形成される。

●重力による赤方偏移
強い重力場から放出される光の波長は元の波長より引き延ばされる現象。

●時間の遅れ
強い重力場中で測る時間の進み(固有時間)が、弱い重力場中で測る時間の進みより遅いこと。 

資本主義は人類を奴隷化するための手段

資本主義は人類を奴隷化するための手段---------------------------------------------------------------

 一般市民は、現在のような社会システムを、自分たちが望んで作り上げてきたと信じている。しかしながらその大部分は、闇の権力によって作られ、仕組まれていたものなのである。特に資本主義というものは、彼ら闇の権力が自分たちの野望を実現するために世界に定着させたものであり、それが今や、私たち人類の生活のすべてを支配するまでになっている。
 そもそも株式会社などなくても、世の中は平和で、経済もそれなりに回っていて、人々は幸せに生きることができた。江戸時代までの日本はそうであったし、今でも現代文明が余り入り込んでいない世界の地域では、人々が助け合って平和に暮らしている。自分が食べる分だけではなく、収穫は必ずみんなで分配し、必要以上に物を持たなければ、天の恵みと仲間の協力で十分な量を得ることができる。
 しかし、そこへ資本主義が導入された結果、天から与えられた恵みをみんなで分けるという暮らし方は、誰か一部の人が富を独占する仕組みへと変貌してしまった。資本主義は決して、人々が信じているように公平な仕組みではなく、一握りのお金持ちと多数の奴隷を作っていくシステムになっているのである。なぜなら資本主義は、常に売り上げが前年よりも上回らなければ回っていかない仕組みであり、よって拡大し続けることが運命づけられている。
 地球の資源や市場は有限なものであるのに、無限に拡大し続けることが運命づけられているという点で、そもそもすでに、無理がある仕組みなのである。そして実際にもう地球の資源を掘り尽くし、吸い尽くし、拡大できるマーケットも乏しくなっている。しかしそれでも企業は、前年の売り上げを上回らなければならない。そしてその無理がどこにしわ寄せされるかと言うと、権力とは無縁の、圧倒的多数を占めている従業員なのである。
 株式会社において評価されるのは常に数字であり、地球に対して貢献したとか、社員をよく守ったということはどうでもいいことなのである。前年の売り上げをどれだけ上回ったか、前年の利益をどれだけ上回ったかだけが評価される。こんな非人間的なシステムはない。
 人類は資本主義を手にしたことで豊かになり、便利な生活を手に入れた。しかし逆に、お金がなければ何もできなくなってしまった。つまりこれが、権力者である資本化の戦略であり、手段なのである。一度与えておいて、それを取り上げるのである。お金がなければ生活できないようにしておいて、それをそっくり取り上げる。困っておろおろする人々の目の前にお金をちらつかせて、「これが欲しければ働け」というわけなのである。
 これが資本主義の持つ巧妙なところである。最初に資本主義を開発したイギリスやフランスはそれによって、世界一の金持ちになり、人々の暮らしは豊かになった。同じように、アメリカや日本でも、それまでの暮らしがみるみる豊かになった。しかし今、その結果世界はどうなっているか?
 資本主義を導入した国では国民生活はいったんは底上げされたが、豊かさが地方まで浸透する頃になると、今度は逆に、国民が一生懸命稼いだお金が一部の金持ちに集中していく現象が起きている。一時期、世界で20%の富裕層が、世界の富の80%を独占していると言われていたが、現在ではそれは一層格差は大きくなり、世界の10%の富裕層が、世界の富の90%を独占するようになっており、中でもさらにその上位の1%の富裕層に、富の40%が集中しているのである。
 つまり、ごくわずかの金持ちと貧困層に分裂する「格差社会」が社会問題化しており、日本でもそうであるのは周知の事実である。資本主義は、この世界の価値のすべてをお金に換算する仕組みなので、土地である不動産から企業、財産など、あるいは労働力から健康や教育までもがお金に換算されるようになった。資本主義とは、より資本を持っているものが圧倒的に有利で強い仕組みであることからも、公平な競争ではないのである。
 人々の持っている財産をすべてをお金に換算したうえで、それをすっかり取り上げる、それが資本主義の仕組みなのである。すでに日本でも、わずかなお金を得るために、奴隷のように働かなければならない人々が急増している。

エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがパレスチナを訪問


■1895年

 五男ジャコブ・マイエール・ロスチャイルドの最も若い息子エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがパレスチナを訪問。その後、最初のユダヤ人の植民地を設立するために資金を供給する。さらにロスチャイルド家に形成された国を作る長期目的になった。
 彼はロスチャイルド家のフランス分家の一員であった。シオニズムの強力な支援者であり、彼の惜しみない寄付はイスラエル設立に重要な支援をすることとなる。そして1982年に発行されたイスラエルの旧500シェケル紙幣に肖像が使用される。 

ロスチャイルド家は1800年代の終わりごろロイター通信社を購入

■1891年

 イギリスの労働党党首がロスチャイルド家について、次のような声明を発表。
「人の生き血を吸うこれらの一団(ロスチャイルド家)は、今世紀を通じて欧州に甚大な損害と窮乏(きゅうぼう)をもたらし、決して争う必要のない国どうしの間に戦争をあおりたてて、莫大な富を蓄積してきた。ヨーロッパに争いのあるときはいつでも、戦争のうわさが広まり、変化や苦難を恐れて人心が動揺するところにはどこにでも、決まってかぎ鼻のロスチャイルドが騒ぎの近くで得意の商売をしているのだ」
 ロスチャイルド家は1800年代の終わりごろ、こういった厄介なコメントをメディアを通じてコントロールをすることができるように、ロイター通信社を購入する。
 ロイター(Reuters)は当初イギリスに本拠を置く通信社であった。現在はカナダのトムソン社に買収され、トムソン・ロイターの一部門となっている。 

フリーメイソンより自由の女神がアメリカへ贈呈

■1886年

 1886年にフランスのフリーメイソンより自由の女神がアメリカへ贈呈(ぞうてい)される。アメリカ合衆国のニューヨーク港内、リバティ島にある自由の女神像は、自由と民主主義の象徴とされているが、この像はアッシリアの悪魔崇拝の女神セミラミスで、それはバビロンの神でもある。自由の女神は旧世界秩序の破壊と新世界秩序(New world order)の創造を表している。
 セミラミスはアヌンナキのイナンナであり、他の神々と同様に場所や時代によって名前は様々に変わっており、バビロニアではイシュタル、ギリシャ神話では女神ヘカテー、インド神話では神ミトラ、現代ではアメリカの映画スタジオのコロンビア映画のオープニングロゴとしてピラミッドの形をした雲と共に登場している。
 また自由の女神、コロンビア映画の女性のポーズ、セミラミスの一部の像のポーズは、悪魔崇拝のバフォメットのポーズでもある。






1883年頃まで麻は世界中で使用されていた

1883年頃まで麻は世界中で使用されていた-----------------------------------------------------------


 日本人は大麻(マリファナ)に対する規制がよく行き届いているために違和感があるかもしれないが、世界においては本来マリファナというのは、タバコやアルコールと同じ嗜好品に過ぎず、それを麻薬の一種としてヒステリックに規制しているのは、アメリカと日本くらいのものなのである。そのマリファナの規制を世界に広めた人物として知られるのが、米国連邦麻薬局のハリー・J・アイスリンガーという人物であった。
 官僚天国と言われる日本でさえ、関係業界との癒着を避けるために行政機関の責任者は数年で入れ替わるのが常識だが、アイスリンガーは連邦麻薬局長官の座に30年以上留まり、強力な権限を振るった。ということは彼は業界と癒着していたと考えられるわけで、その大きな疑惑がマリファナ規制を巡る陰謀であった。
 アメリカの主導で、世界的に大麻の規制が繰り広げられたのだが、実際にはそれほど毒性がないことが判明した結果、その後ヨーローッパを中心に大麻規制は緩和された。マリファナ(大麻)は毒性面ではタバコ以下で、依存性の面でもアルコール以下でしかなく、常用しても身体的・精神的な被害がほとんどないことがわかっている。
 しかしそれにもかかわらず、アイスリンガーはなぜかマリファナの規制に異常なほどに固執した。彼は、「ヒスパニック系移民がマリファナを吸って凶暴化し、白人女性を襲った」という事件を捏造してまで、マリファナ規制の法制化を進めた。彼はなぜそれほどまでに、マリファナ(大麻)規制に力を入れたのか。
 当時アメリカでは1820年頃までは、あらゆる織物と繊維の80%が、主にヘンプ(麻)と呼ばれる大麻繊維で作られていた。それは世界中の国々がそうであり、1883年頃までは世界のすべての紙の75%から90%が大麻繊維で作られていた。
 当時アメリカは、石油化学製品を主要な戦略物資とする、国家戦略を展開していた。つまり石油からレーヨンなどの繊維や、プラスチック、化粧品、薬品などあらゆる製品を作り出すことができるので、自動車社会の到来とともに、石油を主要なエネルギーに据えることができれば、石油を支配することで世界経済を支配できると考えていた。
 そしてこの時、彼らの邪魔になったものが、世界中で使われていたマリファナの材料である大麻、つまりヘンプ(麻)だった。それまで大麻は世界中の人々にとって必需品であった。種からは油を、その実は食用に、茎は繊維に、特に大麻から採れるセルロースは繊維として重宝され、プラスチックや化粧品、薬品、樹脂やエネルギーとしても活用されており、アメリカでは乗り合いバスのエネルギーは大麻から作られていた。
 このように大麻は、ことごとく石油化学製品に対して競合するものであった。その石油化学製品の大手が、日本ではライターで知られる「デュポン社」であった。デュポン家といえばイルミナティの家系の一つで、現在ではアメリカを代表する化学メーカーとして知られているが、南北戦争時にはダイナマイトの製造で巨利を手にし、第二次世界大戦時には原爆の材料であるプルトニウムを生産していた。デュポン社はアメリカを代表する軍需産業の一つであり、その経営陣はイルミナティの権力者である。
 アメリカ政府はこうして、西欧諸国の富の源泉であった綿花貿易などの権益を奪うために、石油から作った新しい繊維レーヨンなどを普及させ、それに置き換えるために、アイスリンガーなどによって、世界中に行き渡っていた大麻生産を規制し、潰すために追い込んでいったのである。
 イルミナティによる世界支配は、実に用意周到で遠大なものである。彼らはそれを数百年来から、世紀末を見据えて野望を計画してきた。計画の立案者は亡くなっても、それは次の世代へ次々に引き継がれ、その計画は忠実に実行に移されてきた。その驚くべき執念深さと民族の固い結束、それに数世代にわたって野望が引き継がれるその実行力は、ある意味驚嘆に値するものである。市民が何も知らずに日常を送っていたその陰で、水面下で、彼らの計画は秘かに着々と進行していたのである。

日銀を支配しているのはロスチャイルド家

日銀を支配しているのはロスチャイルド家-------------------------------------------------------------

 国民は「お金」は国が作っているもので、国の持ち物だと思っていることが多い。しかし、実際は、このお金を刷る権利は政府のものではない。ロスチャイルド一族のものなのである。基本的に国には、中央銀行がある。中央銀行は国の通貨を発行し、利子をつけて政府に貸し付ける。
 ロスチャイルド一族は、1815年にイングランド銀行を支配下に置き、1913年には、アメリカ連邦準備制度(FRB)、つまりアメリカの中央銀行をその支配下に置いている。世界の基軸通貨ドルを発行する権利は、ロスチャイルド一族のもの(一部ロックフェラー家・モルガン家が所有)であり、アメリカ政府のものではない。
 これほど大きな力を持つロスチャイルド一族なので、当然のごとく日本も大きな影響を受けている。日本の中央銀行である日本銀行は、持ち株の55%は政府が所有することになっているが、残りの45%の株式の所有者は非公開となっている。うちロスチャイルド家が20%から40%(それ以上という説もある)は所有しているという推測もある。日本国政府が持っているのは硬貨(小さいお金)の発行だけで、紙幣(大きいお金)の発行権は日本銀行が持っている。そして実際に通貨の大半は紙幣であることから、「通貨発行権」を持っているのは実質的に「日本銀行」ということになる。
 このようにロスチャイルド一族は、国の中枢である中央銀行を所有し、そこからお金を発行し、政府に貸し付けて支配している。

 この銀行はいったい、どのように設立されたのか。日銀の歴史を調べてみると、ロスチャイルド一族の影響下で設立されたことがわかる。「日銀」は、明治14年(1881年)、大蔵相だった松方正義によって設立された。当時の大蔵相といえば、まだ内閣制度が創設される前であり、彼は政府の最高権力者であった。その松方は明治10年(1877年)にフランスに渡り、蔵相のレオン・セーから「日本も通貨発行を独占する中央銀行を持つべきだ」と助言を受けた。
 松方は帰国すると、自らの権限で国立銀行条例を改正し、当時、国立銀行が発行していた政府紙幣をすべて回収して焼き払った。そして中央銀行を設立し、銀行券以外の紙幣を発行することを禁じた。つまり、通貨発行権を独占したのであった。
 松方にこれらの政策を指示したレオン・セーは、フランスのロスチャイルド家の4代目当主アルフォンス・ロスチャイルドの使用人であり、蔵相になる前は、ロスチャイルド一族の鉄道会社の経営陣の一人として腕をふるっていた人物である。松方はロスチャイルド家当主の間接的な指示により、国立銀行から通貨発行権を日銀の手に奪い取ったのである。

 日銀は、日本と日本国民の経済発展のために存在するとされているが、実際には、政府と国民の意思を反映する機関ではない。日銀は政府から独立した機関であり、紙幣をどのくらい創るか、あるいは創らないかを独自に決める権限を持っている。また日銀総裁になる人は国民の選挙ではなく、日銀関係者内部の一存で決められ、国民は選ぶ権利を持たない。つまり半年や一、二年で交代させられるような総理大臣よりも、お金の実権を握る歴代の「日銀総裁」こそが、「日本の国王」であるという専門家の指摘がある。
 日銀は、「認可法人」で、政府機関でもなければ株式会社でもなく、曖昧な定義の組織である。2010年の時点で、政府を除く45%の日銀株式所有者の内訳は、個人が35.9%、金融機関が2.4%、公共団体等が0.2%、その他の法人が6.5%である。通常の株式会社と異なり、出資者は経営に関与することはできないが、出資額に対して年5%以内の配当を受け取ることができる。つまり、非公開の個人や団体が、通貨の発行から利益を得ていることになる。
 世界各国の中央銀行の頂点には、中央銀行を束ねる国際決済銀行(BIS)という存在がある。国際決済銀行はもともと、1930年に第一次世界大戦で敗戦したドイツの賠償金の支払いを統括する機関として造られ、本部はスイスのバーゼルにある。そして、この銀行を代々、取り仕切っているのは、フランスのロスチャイルド一族の血縁者である。
 日銀総裁はときおり、世界中の中央銀行総裁が集まる会議に出席して、そこで決められた指示に忠実に従うことになっている。つまり、日銀が属しているのは日本政府ではなく、事実上は国際決済銀行に属しているのである。国際決済銀行が、世界中の中央銀行にそれぞれ指示を出し、世界中に出回る通貨の供給量をコントロールしている。ちなみに日本政府は、戦時中など一時期に中央銀行制度の枠組みを外れて、日本政府独自の紙幣を刷った過去がある。しかしその時だけで、それ以外はずっと、常にロスチャイルド一族の中央銀行制度の枠組みの中で、通貨の発行を行なってきた。

 なお、この中央銀行制度がない国といえば、世界中には残りわずか5カ国しかない。それが、北朝鮮、イラン、スーダン、キューバ、リビアである。これらの国はすべて、国際社会では「ならず者国家」として非難されている。アフガニスタンとイラクも中央銀行を持たない国家であったが、2001年のWTCのテロ事件の後、アメリカに侵略され、中央銀行制度への仲間入りを余儀なくされている。

日本銀行が開業する

■1882年頃

 日本銀行が開業する。日本の「国立銀行条令」は、1864年にアメリカで財務長官サロモン・チェースによって制定されたナショナル・バンキング条令をもとに、当時の大蔵少輔(次官)であった伊藤博文(フリーメイソン)が制定した。

ポグロムと呼ばれる大規模なユダヤ人迫害

■1881年頃

 東ヨーロッパではポグロムと呼ばれる大規模なユダヤ人迫害が起こっている。ポグロムとはロシア語で、ユダヤ人に対する略奪、虐殺を意味している。

銀行システムと貨幣の歴史のまとめ

銀行システムと貨幣の歴史のまとめ---------------------------------------------------------------------

 現代の世界の国々で共通する通貨システムといえば、「紙幣とコイン」である。どこの国も高額通貨には「紙幣」を用い、低額通貨に「コイン」を用いているが、 主役は何といっても「紙幣」である。そして、この現在につながる紙幣による通貨システムは、この時代の中世ヨーロッパに起源をもつ。
 紙幣が発明される以前のヨーロッパ諸国では、各国の国王や支配者が金・銀・銅でできた延べ棒やコインを発行し、国民はそれらで商取引をしていた。中でも価値の高い「金」は、柔らかいためにすり減ったり、盗まれる危険性があるために人々は丈夫な金庫を持った金庫番(当時の金細工職人や両替商)に自分の「金」を預けた。そして、「金」を預けた代わりにその証明書として預り証を受け取る。そして後に、この「金」の預り証が、紙幣になっていく。
 人々は、自分の「金」が必要な時に預り証を持って、金庫番の所に引き取りに行っていたが、やがて、経済が発達してくると、商取引の際にいちいち金庫番のところに行くのが煩わしくなってきた。
 そこで、人々は預り証で直接、取引をするようになる。預り証でモノを買ったり、モノを売ったときに預り証を受け取ったりという具合である。このように元々は、「金」の預り証であった「紙」が通貨としての機能を持ち始めた。
 街の人々は、預り証で取引をするのがあまりにも便利なため、ますます多くの預り証が市場に出回る。こうして、預り証は人々の信用を得て、金庫番のところには、誰も自分の「金」を引き取りに行かなくなる。
 その結果、自然と金庫番は、有り余るほどの「金」を手にするようになった。そこで金庫番は気づく。
「人々が一度に全ての金を引き取りに来ることはない。だから、預り証を勝手に発行してもばれない!」
 こうして元々は、「金」を預かる代わりに渡していた預り証を、金庫番はこれを「金」を預けていない人にも発行し、利子をつけて貸すようになった。これが銀行の始まりである。

 その後、金庫番は一般市民に貸すより、国王に貸付するほうがはるかに儲かることに気づく。戦争のたびに、各国の国王は多額のお金が必要なため、銀行家に借りるようになった。戦争は、銀行家にとって一番うまみのあることであった。もし国王が戦争に負けて借金を返せなくても、借金の担保である国王の財産・土地・建物・税金が銀行家のものになるからである。
 こうして、戦争のたびに財産を増やし、力をつけた銀行家は、やがて王族と血縁を結び、いつのまにか貴族になっていった。貴族となった銀行家は、さらに大きな権力をもち、手持ちの「金」よりずっと多くの紙幣を発行する権利を国王に認めてもらう。つまり、何の価値の裏づけもない紙切れに価値をつけて、人々にどんどん貸し出す権利を手に入れたわけである。
 ただの「紙切れ」を貸す代わりに、人々からは家、お店、車、貴金属、宝石、家畜など価値のあるものなら何でも担保に取っていく。それらは全て銀行家の財産になっていく。これが現在でも行われている「紙幣」と「銀行」の仕組みである。
 この「お金の仕組み」がわかると、今の「世界の仕組み」と「本当の支配者」が理解できる。そして、この現実の世界で、「紙切れの貸付、利子と担保の取り上げ」によって、世界中の富を手中に収めている代表的な銀行家が、「ロスチャイルド家」である。

N・M・ロスチャイルド&サンズという投資銀行がロンドンに設立される

■1811年

 イルミナティのロスチャイルド家の父マイアー・アムシェル・ロスチャイルドおよび、息子の三男ネイサン・メイアー・ロスチャイルドによりN・M・ロスチャイルド&サンズという投資銀行がロンドンに設立される。これによりロスチャイルド家が金価格の決定権を持った。現在、世界中に57の事業所が存在する。


 また、1811年に合衆国銀行の認可の有効期限が切れるが、アメリカ連邦議会はその更新に反対した。三男ネイサン・メイヤー・ロスチャイルドはこれを不服として、次のように述べる。「許可更新の申請が認められなければ、アメリカはこれまでになく悲惨な戦争に巻き込まれることになるだろう」
 後に第7代アメリカ合衆国大統領(1829年〜1837年)になるアンドリュー・ジャクソンはそれに対して次のように返答した。
「あなたは泥棒で毒蛇の巣窟(そうくつ)である。私はあなたを追い出すつもりである。永遠の神によって、あなたを追い出すつもりである。」
 三男ネイサン・メイアー・ロスチャイルドはそれに対し、次のように返答した。「生意気なアメリカ人に教訓を教えてやる。アメリカを植民地時代に戻してやろう。」

1613年に徳川家康は、イギリスと初めて国交を結ぶ

■1613年

 イギリスから国王使節が初めて来日したのは慶長18年(1613)のことで、オランダ国王使節の来日から4年後のことである。イギリスとの通商交渉にも、ウィリアム・アダムズが深くかかわっていた。アダムズは自分の身の上に起こった出来事を書簡にまとめ、イギリスに送っていた。その手紙には、皇帝家康がイギリスとの貿易を望んでいることも書き、イギリスが日本と交易することを薦めた。

 1613年に日本は、イギリスと初めて国交を結ぶ。国交樹立の記念として、2代将軍、徳川秀忠がイングランド王ジェームズ1世に岩井 与佐衛門(いわい よざえもん)作の日本の鎧を贈った。これはイギリスのロンドン塔に所蔵されてある。
 江戸幕府である徳川家康は豊臣軍との大坂の陣(1614年〜1615年)に備え、イギリスからカルバリン砲を4門購入した。射程距離は6300mで、遠く離れた場所から大坂城に球を1.7秒で届かせる事ができた。この戦いは徳川家康が勝利した。

サンドロ・オッタビアーノ・デ・メディチが、ローマ教皇「レオ11世」に即位

■1605年

 18年にイエス・キリストに追放されたエルサレムの両替商達の一派のメディチ家(財閥)のサンドロ・オッタビアーノ・デ・メディチが、ローマ教皇「レオ11世」に即位する。彼が教皇の座に就けたのは、トスカーナ大公国大公のフェルディナンド・デ・メディチの影響力が大きい。

エリザベス女王と徳川家康の関係

■1600年

エリザベス女王と徳川家康の関係------------------------------------------------------------------------

 エリザベス1世は、日本との貿易を望み日本の銀を独占しようとしていた。英国からウィリアム・アダムス(=三浦按針”みうら あんじん”)がリーフレス号に乗って日本に漂着した。アダムスが大量の武器を日本に密輸し、徳川家康はアダムスの武器を買って「関ヶ原の大戦」に備えた。


 イギリス公文書館に残っていた資料から「20ポンド(現在の約500万円)のお金を(イギリス)東インド会社がイギリスに残されたアダムスの妻・メアリに渡した。この他、確認されただけでも5000万円ものお金がアダムスの妻に渡されていた。」
 アダムスの手紙には「我々は日本を目指した」と書かれてた。按針(アダムス)を送り込んだのはエリザベス女王の密命だった。
 なぜエリザベス女王は家康に勝ってほしかったのか?石田三成の西軍にはキリスト教信者が多く、スペインやポルトガルと密接な関係にあった。エリザベス女王としては東軍の家康を応援することによって日本への影響力をつかみたかった。

 1600年9月、関ヶ原の戦いが起こる。徳川家康率いる東軍7万5千人、石田三成率いる西軍8万2千人。両軍16万人の戦いは3ヶ月はかかるものと見られていたが、家康は開始7時間で勝利した。
 関ヶ原の戦いで東軍が勝ったおかげで、日本からスペイン・ポルトガルを追い出し、イギリスはオランダが台頭してくるまで日本の貿易を独占する。

フランシスコ・ザビエルが、イエズス会の宣教師として日本へ来日

■1549年

 イルミナティのフランシスコ・ザビエルが、イエズス会の宣教師として日本へ来日した。日本は豊臣秀吉の室町時代だった。
 この当時のイルミナティのローマ法王が、日本にフランシスコ・ザビエルが来る前に、側近もほとんど連れずにわざわざ日本を視察しに来ていた。このローマ法王が日本へやって来た後、フランシスコ・ザビエルが日本にやって来て、一斉にキリスト教を広めたのである。この事実は日本の教科書からは抹消されている。この時、日本側で手引きしたのは明智光秀だった。明智光秀は「天海」であり、天海は比叡山密教系である。よってなぜ彼が織田信長を暗殺したのか、その理由は明確で、織田は高野山系の密教と神道系の呪術の両方を使うので、そのような無敵の強さを持つ織田をイエズス会がけむたく思い、1582年に天海の明智光秀を使って「本能寺の変」を起こさせた。つまり比叡は本来キリスト教なのである。また、明智光秀の三女で細川忠興の正室の細川ガラシャは、キリスト教信徒であった。